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2014年3月10日 (月)

私の不満。そして母へ。20140310

☆゜*:.。. .。.:*☆゜

私の不満。そして母へ。

☆゜*:.。. .。.:*☆゜

皆さん、こんばんは。
o(^-^)o


一週間ぶりのメールです。


今週末16日(日)14時〜、シニアプランの山田講師を支部にお招きして、「両親反省セミナー」を開催します。

そこで今日はある体験談をご紹介します。p(^^)q


ちょっと長めですが…


「私の不満。そして、母へ。」YTさん(30代女性)

以前、勤めていた会社では、私を認めてくれようとしない周囲の人たちに対して、

「どうして私がこれだけ努力しているのに、こうしてくれないのだろう」

などと、日々不満を募らせては、

「あの人がこう言った。この人がこう言った」

と、家に帰っては、よく母に愚痴をこぼしていました。

なのに、母はいつも、

「あなたの傾向性に気づきなさい。人から言われたことを、心に刻み込むように受け止めてはいけない。自分の心の中の池に、石を投げ込まれたとき、その波紋を広げ、波立たせるのも自分、波紋を広げず、穏やかにするのも自分なんだよ。」

の言葉でした。

「ああ、この人も私を理解してはくれないんだ」

そんな気持ちから、いつも母に反発し、母の言うことには耳を貸さずに生きてきた私は、

「好きな人と結婚さえすれば、幸せになれる!」

と思っていました。
 
しかし、その主人にも同じように、

「自分はこれだけしているのに、優しくしてくれない。誉めてくれない。自分の思いどおりにならない。」

と、主人の出来ていないことばかりを指摘し、相手に完璧を求め、責め続けました。
 
その時も母からは、

「相手の悪いところではなく、良いところを見なさい。ひとつでもいいから、優しくしてくれたことを思い出しなさい。あなたが変われば、相手も自然と変わっていくんだから。」

と言われ、私は、

「そんなこと分っている。でも、それは理想論でしょう。お母さんは、いいよね。何事も宗教で片付けられるから。苦しいのは、私なんだよ!」

と反論し、不満だらけの毎日を過ごしていました。
 
o(^-^)o

母が言っていた言葉…

「神様は、その人が越えられないハードルは、与えないんだよ。自分でそれを飛び越えることが、必ずできるんだから。」 
その言葉も聞かず、その結果、主人は私のもとを去り、私も、

「もう駄目だ。この人とはやっていけない。」

と思い、離婚という結末をむかえました。
 
その時も私は母に、

「お母さんは、私のことよりも、世間体を気にしているんだね。」

などと言いました。

o(^-^)o
 

そんな中、月日が経ち、翌年の3月、総本山行きが決定。それは母の一存でした。

「なぜ、仕事を休んでまで行かなければならないのか。」

という反発心のなかで、総本山までの道のりを歩き、正心館の正面に立ったとき、なぜか涙が溢れ出し、私は階段を登ることができなくなりました。

それでも、階段を一段一段登り始めると、嗚咽まで込み上げてきます。

「なぜだろう。」 

私にはその理由がわかりませんでした。

礼拝堂に入り、みんなの真似をしながら、両手を合わせて、拝礼をしました。

「私は、こんなところで、何をやっているんだろう」

とまた、もとの自分に戻ります。

周囲のみんなは、

「ここまで来れたということは、ほんとうに素晴らしいことだね。おめでとう。」

と言うのですが、私にはその意味がなかなか分かりませんでした。

そして、いよいよ、研修開始。

参加した研修は「人間を幸福にする四つの原理」でした。

まず、はじめに、「愛の原理」について。
 
私は、「知ってるよ。そんなこと。もうたくさん本、読んだもの。」と心の中で呟きました。

(かみしめながら…)

「…奪う愛の苦しみからの脱却。
…欲しいものを得られない苦しみ。
…他から与えられないことの苦しみ。」

まさに私のことでした。

今までの自分のことを言われているようでした。

御法話のお声は、耳では聞こえていますが、お姿は涙で全然見えません。
 
主の御法話は、
まさに光の言魂でした。

「相手の欠点を指摘するということは、自分自身が不幸になるためのものを探すことになり、感謝することができれば、その数と同じだけ不幸が消え、幸福になれる。」

そうだったんだ。
母が常日頃、私に言っていたことは、このことだったんだ。
 
「奪う愛をやめて、与える愛ができるかを考えた時、不幸は消え、幸福の道が開ける。他の人の幸福を自分の幸福と思えることが大切である。」

の主の御言葉で、自分自身に問題があったことも知らずに、相手ばかりを責めていたことに気づき、深く反省できた時、胸を締めつけられる罪の意識に苛まれました。

私は、たくさんの愛を与えられていたんだ。

そのことを一生懸命、私に気づかせようとしてくれた母。

そして、愚かだった私に、教えてくださった主への感謝の気持ちで、溢れる涙を止めることができませんでした。

そんな気持ちで、隣の座っていた母を見ると、私を見て、にこやかに笑みを浮かべ、涙を流し、静かにうなづいていました。

o(^-^)o

自分を見つめ直す時間、そして、反省や考える時間をお与えくださった主エル・カンターレに感謝し、この感動を、この感謝の気持ちと「与える愛」の大切さを、多くの人たちに伝えていきたいと思います。
 
ありがとうございました。

<〜Fine〜>


3月は「精進と感謝の心」月間。


是非、仏への感謝、両親への感謝を!


熱血感動クリエーター
西田ひでき

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