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2014年1月31日 (金)

「仏」中心の発想 20140131

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「仏」中心の発想

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皆さん、おはようございます。(^O^)/

今日は、
朝から、質問です(^O^)/


あなたの家族がこう尋ねて来ました。


「どうして宗教は必要なの?」


さあ、あなたはどう答えますか?


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どうやら、人々は、信仰心の本質を長らく忘れていたようです。


「信仰心とは、この世の常識が常識としてそのまま通用する世界にあるものではなく、この世とあの世との壁を破って、本来、仏の世界においては起きるべき事実を、この三次元世界に起こすためにあるもの」


「実在世界においては、念いは即実現するが、この世においても、本当に念いは即実現するのだ」


こういう実際の法則を知らしめるために、宗教はあるのだと思います。  

確かに、科学というものは、「こういう原因があれば、こういう結果になる」ということを、論理的に説明することはできるでしょう。


しかし、宗教は、これをはるかに超えたもの。

「こうであれば、こうなる」という「原因・結果の法則」が、突如として、通常のグラフでは描けないような動きを起こしてくるのです。

そして、仏近き高級霊からは、「それは不思議なことではなく、それが本来の世界の姿であって、君たちのほうがおかしいのだよ」と言われているわけです。  

考えてみれば、今からはるかなる昔に、仏は、念いだけで、宇宙を創り、地球を創り、人類を創ってきました。

念いだけですべての世界を創った方が、人間が住む世界の中心にいて、それから世界ができてきたわけです。  

末端にいる人間は自分たちを中心に物事を考えがちですが、「人間中心の発想」は実は大きな間違いであり、「仏中心の発想」こそが本来の姿であったのです。

人間は、これを忘れ続けてきたのです。  


世界というものは、念いによって、いかようにも展開してくるのです。  

みなさんは、過去、何十年か生きてきて、「自分は、こういう人間だ」と思い込んでいるでしょう。

しかし、あなたが「こういう人間だ」と決め込んでいることが真実であるか否かは、誰が認定したわけでもありません。

たまたま、身の周りにいる人がそう思っているから、自分もまた、そう思っているだけなのかもしれないのです。  

人は、突如、変わることがあります。私は、幸福の科学を始めてから、いろいろな人が変わっていく姿をずいぶんと見続けてきました。人間は変わります。変わることができるのです。  

では、何によって変わるのでしょうか。

もちろん、いろいろな原因があるでしょうが、

第一に言えるのは、
「考え方によって変わる」ということです。  

(以上、『発展思考』第1章「豊かさとは何か」より) 


「霊性革命」

それは、この世とあの世を貫いた世界を、

「仏」中心の発想

に変えていくという、ダイナミックでワクワクする活動なのですね。

今日も「霊性革命」の「着実」な一歩を!


熱血感動クリエーター
西田ひでき

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