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2013年12月27日 (金)

「徳」、ありますか? 20131227

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「徳」、ありますか?

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皆さん、おはようございます。


今日は、『忍耐の法』第3章「徳の発生について」からのお話です。


まず、皆さんに質問です。(^O^)/


「徳」、ありますか?


これまでどうやって磨いてきましたか?


来年2014年は、幸福の科学のなかで、「徳」と呼んでいるものが、世間に通用するものかどうか、ということについて、今一度、考えてみる年ではないでしょうか。
 

主は、『忍耐の法』第3章「徳の発生について」の中で、次のように説かれています。


 ……………………

同質集団のなかにいる仲間たちが、みな、当然、肯定的に評価してくれるようなことであっても、外では、そう評価されない場合があります。

「それは、いったい何なのか」ということを、知っていなければいけないのではないかと思うのです。

(中略)

<こんな話があります>

この世的に見たらエリート大学と言われるような大学(東大)に、幸福の科学学園高等学校から新入生として入った人もいます。
 
そういう人は、幸福の科学学園のなかでは、もちろん、十分に認められ、尊敬もされて、「徳ある人だ」と思われていたでしょう。
 
しかし、全国からエリートたちが集まる大学に入り、ありのままの自分をパッとさらけ出してみたところ、「そう簡単には誰もが認めてはくれない」という体験をしたようです。

もっと“平たい”言葉で言うならば、「ボコボコにされた」ということです。
 
自分と信仰を同じくする者たちの学校にいたら、守られていて、高く評価されていた人が、違うところに行くと、その人にとっては、そういう考えがたいことが起きるわけです。
 
宗教エリートをつくろうとする学校に集められ、そこで過ごした人たちは、そのなかではよくても、外へ出たときの免疫耐性がまだ十分にはできていないので、そうした文化というか、考え方をつくっていかなければならないと思うのです。

o(^-^)o

「自分とは違うような人たちのグループに属する人、あるいは社会全体や国家全体から、どのように見えているか。外国からは、どのように見えているか。そうした大きな視野で自分を見る目を、最終的に持っているかどうか」ということに、解決を得なければいけないのではないでしょうか。
 
また、「そうした大きな視野で、自分を見つめ直すことができる」ということが、ある意味で、実は、「徳の成長」でもあるのではないかと思います。
 
社会的には、いろいろな分野に、いろいろなかたちで成功し、出世していく人がいますが、「それを、ほかの人が、どのように評価するか」ということは、なかなか分かりにくいものです。
 
会社の社長は、会社が大きくなったら、もちろん、社内では天皇のようなもので、威張っているわけですが、「ほかの世界の人たちから、自分が、どう評価されているか」ということは、そう簡単に分かるものではありません。
 
したがって、このへんを客観的に見なければならないのです。

これは非常に難しいことではないかと思います。

(『忍耐の法』第3章「徳の発生について」より)


「徳」


これは、どうやらあの世の住み処をも決めそうですね。


熱血感動クリエーター
西田ひでき

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