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2013年5月26日 (日)

愛と燈火(ともしび) 20130526

☆゜*:.。. .。.:*☆゜
 
愛と燈火(ともしび)
 
☆゜*:.。. .。.:*☆゜
 
皆さん、おはようございます。(^O^)/
 
今日は、福岡市内の小学校は運動会!
 
お父さん、お母さん、朝から場所取りご苦労様です。
 
みんな1番取ってね!
(^O^)/
 
 
さて、昨日ご紹介した下村湖人先生の作品の中に、ヘルメス神のご指導とも思える「愛」についての感動的な言及がありました。
 
(^O^)/
 
 
「愛と燈火(ともしび)」
 
 
愛とはともし火のようなものである。
 
ともし火がその最も近いところを最も明るく照らすように、
愛もまた最も身近かな人に最もゆたかに注がれる。
 
そして、自然ということが神の定めた第一の掟であるかぎり、これは決してとがめられるべきことではない。
 
だが、愛について知るべきことは、ただそれだけではない。愛は肉親から隣人へ、隣人から旅人へと、しだいにその力を弱めながらも、及ぶかぎりの広い範囲に、できれば地球上の全人類に、さらに進んでは有情非情の一切にまで及ぼうとするのである。
 
この点でも愛はあたかもともし火のようなものである。
 
ただ、愛とともし火のちがうところは、ともし火はその効用のために、ある範囲でさえぎられてもいいが、愛にはそれが許されないということである。
 
それは、愛が身近な人たちだけを幸福にするために、どこかでせきとめられると、そのせきとめられたところを境にして、人間同士が争うことになり、身近な人をもかえって不幸に陥れ、愛が愛としての効用をなさなくなるからである。
 
忘れてはならないことは、愛は世界を一つにするための神の意志のあらわれであり、それが身近なところに、よりゆたかに注がれることが許されているのは、その意志の実現を容易ならしめるための神の知恵だ、ということである。
 
(下村湖人著『青年の思索のために』より)
 
 
愛は世界を一つにするための神の意志のあらわれであり、
 
それが身近なところに、よりゆたかに注がれることが許されているのは、
 
その意志の実現を容易ならしめるための神の知恵。
 
 
今日もまた、「行動の人」となってまいりましょう。
 
    
 
 
 ∞努力、無限∞
 
熱血感動クリエーター
西田ひでき
 

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